【企画展】蔵重信隆写真展 昭和の鉄道風景―蒸気機関車の走っていたころ

1974年1月(北海道・石北本線網走駅)

1974年1月(北海道・石北本線網走駅)   朝、ヤードが見通せる場所に立っていると、遠くからきゅっきゅと固く締まった雪の上を歩く音が聞こえ、長靴をはいた子供がにっこり笑って目の前を通り過ぎて行った。

町田市フォトサロンでは冬の企画展として、蔵重信隆写真展「昭和の鉄道風景-蒸気機関車の走っていたころ」を開催いたします。
日本で最初の鉄道は、1872年(明治5年)新橋〜横浜間で開業、2022年に150周年をむかえました。その間、鉄道は交通の手段としてだけではなく、地域の生活と文化の一部として欠くことのできないものとなっていきました。
今回の写真展では、長らく日本の鉄道を支えた蒸気機関車がその役割を終えていく、1960年中ごろから70年代にかけての様子と、当時の鉄道に携わる人々や利用する人々をとらえた写真をご紹介いたします。
本展の作者、蔵重信隆さんは、大学在学中に本格的に鉄道写真をはじめ、蒸気機関車を追って国内外を撮影、現在まで鉄道の撮影と発表を続けています。展示写真には、蔵重さんが撮影当時に記した記録をもとに解説をつけています。文章を写真にあわせることにより、写真の持つ記録性を確かなものとして、理解を深めること手がかりになっています。また、蔵重さんがカメラを通して向ける蒸気機関車と風景、人びとへの眼差しが、写真を見る人を当時の世界にいざなってくれます。
本展が日本の鉄道の一端を知り、ご覧いただいた方の鉄道と鉄道にまつわる生活の記憶に触れる機会になれば幸いです。

1971年6月(奈良県・和歌山線吉野口駅)

1971年6月(奈良県・和歌山線吉野口駅)   今ではすっかり死語になった「汽車通学」と言う言葉には懐かしい昭和的な響きがある。ホームで友達とおしゃべりに夢中になっている高校生にとって、ホームの向こうに停まっている蒸気機関車には全く関心がない。白線入りの制帽と制服、ズック靴は当時の地方の男子生徒の定番だった。

蔵重信隆写真展「昭和の鉄道風景-蒸気機関車の走っていたころ
会期:2024年1月13日(土)~2月12日(月)
会期中の休館日:火曜日
開館時間:9時30分~16時30分(入館は16時まで) 入館料:無料
会場:町田市フォトサロン2階展示室
主催:町田市フォトサロン
管理運営:NPO法人ワークショップハーモニー
展示点数:70点(予定)

1968年3月(福岡県・筑豊平山炭鉱)

1968年3月(福岡県・筑豊平山炭鉱)  筑豊平山炭鉱の昼下がり、土ほこりを舞い上げバタバタとオート三輪が通り過ぎると、砂利道を自転車に乗ったネクタイ姿の男が近づいてきた。道路のそばでは炭鉱の機関車が入れ替え作業をしている。奥の集落には大きなわらぶき屋根の農家も見える。このころ地方では舗装は市街地だけで、町を出たとたん砂利道になるのが常だった。砂利道は風が吹くと土ほこりが舞い上がり、雨になるとぬかるむので始末が悪かった。車社会の到来はまだ先のことだ。

会期中のイベント
ギャラリートーク
本展の作者、蔵重信隆さんから撮影当時の様子を伺います。
日時:1月21日(日)14時から(90分)
参加費:無料(直接会場まで)

 

お問い合わせ(町田市フォトサロン)
電話:042(736)8281

1970年3月(北海道・留萌鉄道昭和駅)

1970年3月(北海道・留萌鉄道昭和駅)  戦後復興の原動力となった石炭産業はエネルギー転換により衰退しこのころ北海道の炭鉱では閉山が続いていた。留萌鉄道の終着駅の駅名は昭和、この地にあった炭鉱(明治鉱業)はすでに操業を止めており、雪の残るヤードはひっそりとしていた。ホームの向こうには荷物を運ぶ馬がつながれている。